外務省事務官(起訴休職中)
作家 佐 藤 優
はじめに
ただいまご紹介にあずかりました佐藤 優です。お声をかけていただいて、本当にありがとうございます。
一、國體
演題を「外交と國體」ということにしましたけれども、やはり、国家というものを最前線で守っているのは、今日、この中にも沢山いらっしゃると思いますが、我が自衛隊の方々なのです。
それで、何を我々が守るのかということですが、それは日本国家と国民です。
そのためには、やはり国家体制の基本となる、伝統的言葉で言うところの國體について、きちんと整理しておく必要があると思います。
最近どうも、国柄(くにがら)とか、平仮名の「くに」とか、柔らかく言いますけれども、やはり私は国家の中には武、武力は必ずある、そこのところから出るのは、ある程度怖い側面がなければ国家はいけないのだと、その意味において國體という、戦前からやはり連続している言葉を使うべきではないかと、こう思うのです。
それから私は個人的に今日、本当に感謝したいのは、やはり自衛隊の皆さん、制服の人たちもそうなのですが、私の裁判であるとか私の本が理解され、読まれている。
そして外務省で一緒に仕事をした航空自衛隊から出向している人たちは、ちゃんと年賀状をくれるのです、あたかも何事もなかったかのようにきちんと、賀状とかあいさつをくれる。
それから裁判になったあとも、公衆電話から、幾つも私の携帯にかかってくるのです。
「佐藤さんのファンなのですけれど、私、実は自衛官なんです。
それで激励の電話をしたくて」と、「普通の電話からでは、ちょっと怖いんで公衆電話で失礼します」などと言ってかかってくるんですが、「みんな、見てますから」と、「新聞でどう書かれても、私はあなたのことを知っていますし、あなたの書いたものを見て信じていますから」と。
こういうことを役人の中でいちばんやってくれるのは、やはり防衛省の人、それから自衛隊の制服の人たちなのです。
この辺の、やはりまっすぐな人間性というか、そういうところを私は、とても感銘を受けるのです。
(一)安倍政権
今、残念ながら安倍政権がこういうことになってしまいました、それで保守の陣営にいる我々というのは、やはり安倍晋三総理にそうとうな期待をしていたのは、本当だと思うのです。
そこのところを、何か急に「無責任だ」と悪口を言って、みんなで鞭打つというのは、私は人間として、男として少しよろしくないのではないかと、なぜこういうことになってしまったのかということを、みんなでもう一回考えてみないといけないと、こういうように思うのです。
私は、「美しい国」というスローガンは間違っていないと思う。
「戦後レジームからの脱却」というのも全く正しいと思います。
率直に申し上げまして問題は、その前にやったところの小泉改革の中にあったと私は思うのです。
小泉さんは、新自由主義と保守主義の双方に足をかけて改革をしようとしたわけです。
ところが、新自由主義というのはその中に恐ろしい要素があるのです。
簡単に言ってしまうと、個別の企業であるとか、一人一人の人間、個体がすべてなのです。
そういう人たちが市場の中で、できるだけ自由に動いて競争して、一番になって勝った者が成果を総取りするという発想なのです。
私は新自由主義という考え方がわが國體に反すると思います。
戦前には、こういうような新自由主義的な考え方、営利至上主義のような考え方と、我々の考え方は違うのだということは右翼の常識でした。
これが日本の伝統だと私は思うのです。
私は、大川周明先生を非常に尊敬しているのです。
大川周明先生は日本の右派、国家主義陣営の中で、非常に西洋的な思想、ドイツやロシア、イギリス、アメリカの思想をきちんと踏まえた上で国家主義思想を組み立てていった人だと思うのです。
その大川周明先生の、獄中での尋問調書を読んでいますが、そうすると、やはり当時の検事というのはさすがなものです。
5.15事件で大川周明を捕まえたのですが、「なかなか大川周明の考え方は立派である」と、「それならばその状況を、歴史に、検察官調書として、大川が考えていることをきちんと残す」と、こういうことを考えているわけです。
そこでは明治維新というのは・・・、そもそも日本というのは君民共治(くんみんきょうち)の国である、ところが幕府が間に入って、幕府が軍人であるうちはよかったのですが、しかしそれがだんだん、行政官僚みたいになってしまった。
それで共治のところの中間に入ってくるようになったので、君と民の関係を回復するために明治維新が必要になったのです。
そして、明治維新で日本というのは大きな国家として、再び一体性を回復できるかと思ったら、今度は資本主義が入ってきて黄金大名というのが出てきた。この黄金大名というのが、やりたい放題にやっているから、要するに「稼ぐが勝ち、金で買えないものはない」と、こういう発想が横行したために昭和維新は必要なんだ、とこう言っているわけなのです。
そこで、個人がすべてだ、稼ぐが勝ちだというような発想はいけないと言っているのですが、この繰り返しは今も起きていると思うのです。
新自由主義というのは、小さな政府と言っているのですが、その目指すところのものというのは、実は無政府なのです。
それから規制緩和と言っているのですが、その行き着くところは無規制なのです。
秩序がなくなってばらばらになってしまうわけなのです。
要するに、日本の国が仮に居づらくなったら……、北朝鮮の脅威が強まったら……、中国が、やりたい放題のことをやり出したら……、そうなって怖くなったらお金を担いでアメリカに移住しようか、スイスに移住しようか、これで構わないという思想なのです。
だから逆に経済界の人なども、「北海道の適正人口は200万だ」などと言い出すわけです。
経済合理性だけで考えるならば、確か北海道は日本の人口の5%がいますがGDPはその比率に及ばない、そういう地域はいらない、という話になるわけです。
そういう発想からすると、以前、評論家の大前研一さんという人は、「北方四島のような金のかかる島というのは、返還される必要はない」と。
経済合理性でいったら国家というのはなくなってしまうわけです。
ましてや国防などということは、全く頭の中に浮かんでこない、こういうことになってくるわけです。
小泉さんは、保守政治家だという自己意識はもっていたと思います。
ただ、権力闘争の中で、やはり新自由主義的な改革でいったほうが、自分の力は強くなる、それで改革を始めた。
しかし日本の国がこのままで大丈夫なのかな、という危惧というのを小泉チームの中にいた人々も非常に強く感じたと思うのです。
それを強く感じた一人が安倍晋三さんだったと思うのです。
安倍さんは、軸足を保守主義の方へ移していこうとしました。
新自由主義のままだったら国家は解体してしまうからと。
ただし、このような重要な方針転換というのは、「方針転換をきちんとするんだよ」と、「新自由主義的な路線からは距離を置くんだ」と、きちんとやらないといけなかったのですけれども、それをやらずに、なし崩し的な形で転換をしようとしてしまったので、残念ながら、股裂きになってしまったというのが、私は今回の政権自壊の理由だと思うのです。
(二)ソ連時代
それで私は思うのですが、もはや左翼とか右翼とかは関係ないと思います。
東西冷戦が終わりまして、あのソ連を中心とするコミンテルンから続いている共産主義の脅威というものはなくなりました。
これは、私は本当に驚いたことですが……
外交官になって、ソ連が崩壊したあと一時期だけ、ソ連共産党中央委員会の秘密文書の書庫が開いたのです。
その中からざくざくと文書が出てきて、社会党の左派であるとか、あるいは共産党の袴田里見さんという(当時の)共産党のナンバー2の副委員長に1962年時点で2600万円もの工作資金が流れているのです。
昭和37年の2000万円といったら、どれだけのお金でしょうか、外国からお金をもらって、こういうお金で対日工作をやっていたのです。
日本人でありながら、その金で政治家としてやっていた連中がいるということは、私は大変な驚きでした。
ソ連の、こういう形での各国に革命を行なっていこうという工作活動というのは、1991年8月のクーデター未遂事件までずっと続くのです。
皆さんはゴルバチョフというと、いいイメージがあると思いますが、ゴルバチョフがほんとに考えたことは、私は世界社会民主主義革命だと思います。
実は共産党という名前が流通するようになったのは、ロシア革命が成功したあとなのです。
それまではロシア社会民主労働党といっていたわけなのです。
ですから、ゴルバチョフは「レーニンに帰れ」という言い方をして、「実は我々は社会民主主義者なんだ」と、そういうことでヨーロッパの社会民主党、反核運動などを利用して、社会民主党や労働党というのは社会主義の兄弟であると、それで世界革命を実現しようとしたのです。
こういう考え方を持っていたと私は確信しているのです。
ところが逆に、ヨーロッパの大量消費文明というのがソ連に入ってきてしまいました。
例えばソ連時代……本当にソ連というのは実際に暮らしたことのある人はびっくりするような国なのですが、人口衛星を打ち上げることができるのに、トイレットペーパーがないのです。
トイレットペーパーがないから、お手洗いの横の所にプラスチックの大きなゴミ箱を置いてある、凄いにおいがするのです。これは新聞紙でお尻をふいて、水洗便所で流れないから、便のついた紙をこのゴミ箱に入れているわけなのです。
それが二日ぐらいたったら、腐ってくるので、鼻が曲がるようなにおいがするわけなのです。
それじゃかなわないということで、トイレットペーパーが欲しい、しかしトイレットペーパーは1年に2回しか売ってくれないのです、それでトイレットペーパーを売る日になると、どこかから噂が流れるのです。
文房具屋さんで売るのですが、朝の6時ぐらいから行列するのです。
それで、一人10個のトイレットペーパーが買えるのですが、朝の6時に並んでおくと10時ぐらいにトイレットペーパーを買って、もう一回行列の後に並ぶともう10個買えるのです。
そういう生活の知恵を使った時代があったのです。
あるいはソ連時代、冬場になると青物野菜が全くないのです。
当時のロシア人の給料というのは、1ヵ月大体5万円ぐらいです。
それで冬になると5万円の給料のところにキュウリが1本1000円するのです。
そのためキュウリを買う時に15センチや20センチなどといって買って、それを薄く切ってマヨネーズをつけて、おかずとしてだすわけで、これがお客さんを呼ぶときの、いちばんのごちそうだったわけです。
ところがそのキュウリを売っている自由市場、そこからトロリーバスに乗って三つぐらい行くと、左側の方に14階建てのレンガでできたすごい立派な建物がありますが、名前は書いてないのですが、ソ連共産党中央委員会付属のオクチャーブリ、10月革命の意味ですから「10月第2ホテル」というところなのです。
そこの2階にレストランがありますが、ホテルなのにずっと周りを柵で囲ってあるわけです。
一見ホテルなのか刑務所なのかよく分からないような作りになっていて、それで入り口の所は自動小銃を持った警備兵が囲んでいるわけです。
ですからますますホテルなのか刑務所なのかよく分らないのです。
中に入ってみると、フィンランド製の立派な建物です。そこでまずキャビア、イクラ、チョウザメの燻製、スモークサーモン、ローストビーフ、七面鳥のロースト、それを食べてそのあとに、茸にサワークリームを入れてチーズを上に乗せて焼いたグラタン……これは19世紀のフランスの貴族料理なのですが、フランスの方では伝統が廃れてロシアにしか残っていないのです。
そのあとロシア風の水餃子、さらにちょっとスープを飲んでビーフステーキを食べてアイスクリームを食べる。
シャペンを飲んでウオツカを少しやり、最後にコニャックでしめ、アイスクリームが出てコーヒーが出てくる。
皆さん、これでしめて幾らぐらいだと思いますか、これで500円です。しかしそこに入れるのはソ連共産党中央委員会のエリートだけなのです。
庶民は1本1000円でキュウリを買わないといけない。
ところが特権階層に所属している人間は、日本のフルコースで3、4万円はするようなものを500円で食べられる、こういう社会だったのです。
これがソ連社会だったわけなのです。そういう社会に外部からの刺激をもって来る、そうしたらアッという間に中がくずれてしまうのです。
ただ、これはこの先にお話ししますけれども、プーチンのロシアというものは、こういうような物質主義の洗礼を受けて、今新しくもう一度、帝国主義国家になろうとしているのです。
(三)ホリエモン
私はこういった事件に巻き込まれた関係で、いろいろなインタビューがありますので、堀江貴文さん、あのホリエモンとも会いましたが、「地アタマ」のいい青年で、カリスマ性もある。私は、彼がビジネスの方向に進んでくれたことについて、ほんとによかったと思いました、彼が宗教の方向に進んだらとんでもない団体を作ったと思います。
あの人は、自分個人の力がすべてなのだと、本当に確信しているのです。
だから「今回は運が悪かった」と、「でも、特に悪いことをした覚えはないし、とにかく隙を見つけて儲かればなんでもいい」と、「ルールの隙間(ということ)を守っていったつもりだ」と、そう言うわけなのです。
それで、「選挙に出る時あなたは日本を共和制にすると、象徴天皇制に違和感があると言っていましたが、本心でどう思いますか? 」と聞いたら「いや、ほんとに僕、分らないのですよ、天皇制って。
そういうのがどうして重要なのか」、「それよりも佐藤さん、民族とか国家とかない所に行きたいんですけどね」、「なんで、そういうめんどくさいものがあるんですか」、こう言うわけなのです。
完全に、この新自由主義という思想そのもので動いているので、その意味では、新自由主義者として本物ですよ、堀江さんは。
問題は、そういう本物に対して、そういう人を推薦して自民党幹事長が「これがわが弟です」とやってよかったのか、ということなのです。
堀江さんには国防という発想が全くないのです、国家がないから。
それで、「それだけお金を集めて何をやりたかったの」と聞いたら「佐藤さん、聞いてください実はね、人類はもうすぐ科学技術が発展して超人類になる、死ななくなるのです、だからその研究をしてみたいので、お金を貯めている」と、「それから、どこか地球で何かあった場合に備えて、生きていけるような新しい惑星に移りたい、その研究をしたい」と、まじめに考えているのです。
どうやったら死ぬことなく永遠に生きるようになるかと、個体がすべてだということになると、死ということを克服したくなってしまうのです。
ただ、我々日本人というのは、人間、生まれたら死んでいくのだ。
それから我々の命は父母からもらい、祖父母からもらい、その先には祖霊があるのだと、こういう気持ちがあるわけです。
と同時にそれは未来にきちんとつないでいかないといけない、これが現時点に生きている我々の責任なのだと、こういう感覚があるわけなのです。
新自由主義的なものが入ってきて「稼ぐが価値だ」ということになると、その感覚がなくなってしまうわけです。
これは恐ろしいことなのです、あのような頭のよい青年、それが國體感を全くなくしてしまうと、こういうようになるわけです。
(四)右翼・左翼
右翼、左翼をもう一回整理し直す必要があると思うのです。
この右翼、左翼というのは何なのか、世の中でよく分らなくなっているところがあるのですが、フランス革命の原点に帰る必要があると思うのです。
議長席から座って見て、左側にいる人たちが左翼、この人たちは合理主義者です。
理性で物事はすべて解決すると考えている人たちです。
理性を組み立てて理想的な社会というものができると考える人です。
だから、きちんと話し合えば皆、同じ理性を持っているから、真理は一つなのです。
それから軍隊に関しては、国民皆兵の軍隊を作って全人民の武装化を図るという、軍事が非常に好きな人たちなのです。
これがフランス革命のときの左翼なのです。
これに対して右翼という人たちはどういう人たちかというと、人間の理性というものは限界がある、当然科学技術は進めなければいけない、しかしそれにも限界がある。
それから人間の中にはどうしても偏見というものがある。
本人が偏見から離れようと思っても、離れられない偏見がある、だから真理というのは、この世の中では幾つにも分かれてくる、だからお互いに認め合いましょう、こういう考えになるわけです。
ですから、伝統であるとか、王様、神様、こういう古(いにしえ)からあるものというのは、やはりそれがあるには何らかの理屈がある、知恵があるから、そこから学ぼう、こういう気持ちなのです。
そして、軍に関しては「プロの軍人に任せよう」と、これは「もちは、もち屋である」と、「プロの軍人を信頼しよう」と、こういう考え方なのです。
官僚の大多数というのは実をいうと、私は左翼だと思うのです。どうしてかというと、自分たちの理性によって、紙の上に書いたらそれがすべて実現する、こういう考え方をしているからです。
しかし軍人は、ぎりぎりのところになったら命を賭けるわけです。
私は軍人と警察官、消防官、外交官、これは非常に特殊な官僚だと思います。
それ以外の官僚は有限責任なのです。要するに契約した範囲の責任を負えばいいのですから。
今、挙げた四つの官僚は、いざというときは職務を遂行するために命を投げ出すのは当り前なのです。
そうすると、どういう場合に誰が行って、どういう場合にだれは死ぬのかというところに、合理的な法則などというものはないのです。
軍人は常に生死のことを考えなければならないから、合理主義一本ではいけなくなる。
私は、そういうように思うのです。
ですから軍人の中で、宗教的な感覚が非常に優れている人、あるいは詩や短歌、和歌を作るのがうまい人が出てくるというのは、生死の問題を根本から考えているからだと思うのです。
私は、小泉さんの時代にちょっと右翼のほうで変なことが起きてしまったと思うのです。
要するに、毅然たる国家であるとか、美しい国というのは設計図を書けば完全に実現できるのだ、と、こういうように考えたまじめな人たちが結構いた。実はこれは左翼思想なのです。
それからあともう一つ、「支那人にこう言われたらこう言い返せ」と、「マニュアルを作れ、30問30答」とか、「韓国人にこう言われたら、こう言い返せ」と、そのようなマニュアルを作ることによって論理で撃破してこちら側の理論武装を完璧にできる、この発想の中に左翼の発想があると思うのです。
右派の発想でしたら「韓国でも中国でも、文句あるんだったら、正々堂々と名前を名乗って来い」と、「まず、話しをしよう」と、「それでお前がどれぐらいまじめか、まず話してみて、そこのところからどういう腹なのか聞いてみよう」と、匿名で顔が浮かばないようなところでの論争などというのは本来右翼はやらないわけなのです。
そういう意味で、何か最近は右派国家主義陣営の論争は共産党であるとか、左翼みたいな感じになってきてしまったのです。
自民党の雰囲気もそうなのです、多少規律違反はあっても、その辺は大目に見るだらしなさが、日本の保守なのですけれども、郵政民営化のときに、査問だ、除名だなどという、これなどは代々木共産党みたいな雰囲気になってしまいました。
これは、知らず知らずのうちに新自由主義に犯されて、左翼思想が右派国家主義陣営の中に入ってきてしまったということだと思います。
この辺のところの危機意識を日本の國體自身(日本人そのもの)が気付いた。
だから安倍さんにアレだけの期待が集まったと思うのです。
しかし、それをきちんと組み立てる思想であるとか、体制が整えられないところで自己崩壊してしまった。こういうことだと思うのです。
ですから、我々国家について考える人間、國體について考える人間は、この安部さんがどうして崩壊したのかということを、もう一回きちんと考えなければいけないと、こう思うのです。
その中で、少し左派系の文献にも目を向けてみる必要があると思います。
例えば、「週刊金曜日」という雑誌があります。これに私も書いていますが、書いても連載しても大変なのです「佐藤の野郎はけしからん、あいつは右翼だ」とか「あいつは国家主義者だ」といって批判の手紙ばかりくるのです。
ですから、3回に1回ぐらいは反論を書いたりとか、いろいろなことをしなければいけないのですが、ただし、そういうところの中で発言をしていくということは、私は重要だと思うのです。
左翼の世界の人は、右派を包むことはできないのです。
しかし右派は先ほど言ったように寛容さがありますから、あるいは脇の甘いところがある、それだから左派陣営も含めて包んでいくことはできると、私は思うのです。
でも、その「週刊金曜日」の中でも面白いものがあります。
雨宮処凛(あまみやかりん)さんという女性の作家と、佐高 信(まこと)さんという「週刊金曜日」の社長の8月の15日の特集号の対談(記事)です。
要するに、「朝日新聞」の「論座」という雑誌で丸山眞男を引っぱたきたいと言っているフリーターの論文が出て、左派のほうで結構話題になっているのです。
要するに「戦後民主主義といったって我々は非常に貧しくなっている、豊かなヤツが何人いるか」と、それに対して佐高 信さんが、引っぱたく相手が違う、もっと今の日本の国家権力と戦うべきだと言ったら、雨宮さんという作家はこう言うわけです。
「今、コンビニエンスストアーとか、そういう所でアルバイトをしている若者たち、どういう状況か分っていますか」と、「年収が100万円なんですよ、年収が100万円で夢は何か、夢は年収が300万円になって結婚することだ」と。
「若者の夢が年収300万で結婚することなのだ」と、「こういうようになっている状況というのを左翼のあなたたちは分っているのですか」ということを言っているわけです。これは我々にとってもすごく深刻な問題だと思うのです。
確かにコンビニエンスストアーの求人を見ていると、深夜でも1100円か1200円ぐらいで、昼間だったら800円900円、それでもし税金と社会保険料をまじめに払うことを考えたら、週5日間8時間ずつ労働しても、これは年収100万円になってしまいます。
そうすると、その中で家族を持ったりするのは非常に難しくなります。
もう一つ別の話をします。
六本木ヒルズの上に、アカデミーという講演会などをやる所があります。
そこにとても立派な図書館があるのですが、会員制の有料図書館なのです。
皆さん、会員になって年間使用料が幾らだと思いますか、105万円です。
図書館の使用料とコンビニエンスストアーで働いている若者の年収が同じなのです。
一方ではその図書館に若者がたくさんきているのです、IT産業や何かで成功したり、あるいはお父さんやお母さんが成功している人の子供というのは、1年105万円の図書館で、そこだったらリラックスした雰囲気で勉強ができるということでしょう。
それに対してコンビニエンスストアーで働いていると、いくら頑張っても、収入300万円の世界にいかない。
しかも今度は「扶桑社」から出している「スパ(週刊SPA!)」という雑誌を見てみると、これも面白いのです、逆に「いかに年収100万円で生活していくか」という知恵が書いてあるわけです。
例えば、インスタントラーメンについてくるスープ、これを半分だけ使ってあとはとっておいて、あとでそれでチャーハンを作るとか、他に、トンカツは肉が入っているから高いので、トンカツを肉なしで味わうにはどうしたら良いのか。
ラードをもらってくる、それでラードを温めてパンの耳を揚げて、それでソースとケチャップを付けて食べれば100円ぐらいで、トンカツの雰囲気になる。
そこの横に栄養士がコメントを付けているのですが、それによると肉無しのトンカツは「確実にメタボリックになるからやめたほうがいい」と。
あとカップスープを買ってきてスープを濃く半分だけ溶いて、それをスパゲティーと合えると、カルボナーラ風スパゲティーを80何円で作れる。
あるいは肉がどうしても食べたいとなったら、ガラを取る鶏の足、モミジというアレを買ってくる、これは100グラムで39円だと、それを煮てご飯と一緒に食べると一食80円ぐらいで食事ができる。
これは、栄養士さんは満点をつけているわけなのです。
コラーゲンも多いし栄養バランスも良いそうです。
しかしちょっと待ってください、こういうようになると、この図書館で年間105万円を使っている人たちと、このモミジを食べていたり、100万円の収入が300万円になったら何とか結婚したいという人たちが、同じ日本人だという同胞意識を持てるようになるかどうかということなのです。
要するに、社会的な格差による国民統合の危機が非常に深刻になってしまったのです。
秋葉原に行くとネットカフェというのがあります。ところが今いちばん安いネットカフェというのは蒲田にあるというのですが、そこは1時間100円です。
それで、そこにたくさんサラリーマンも、またサラリーウーマンも集まっているのです。ネットカフェに行くと何が問題かといったら、洗濯を干す場所が屋内にしかないのです。
だからだんだん服ににおいがついてくるわけです。
そうすると、秋葉原などに行くと、いつも屋内干しをしている服の、そのカビ臭いようなにおいがプーンとするのが、すぐ分るのです。
そうすると、あいつらのにおいがするという感じで、ネットカフェ難民というのが我々と違うのだという意識が出てくるわけです。
私は、こういうのが実は、国家統合のためにものすごく危ないと思うのです。
等しく貧しい、それだったらいいと思います。
「3丁目の夕日」の社会というのは、確かに今に比べるとずっと物質的な水準というのは低い、しかしそれなりに郷愁を感じるというのは、やはり日本人だという同胞意識があったからだと思うのです。
現在はそれが欠如してしまっている。
(五)新自由主義
あともう一つ、北方領土問題、さらに竹島問題、これに対する新聞記事がまずほとんどありません。
8月15日の社説に、領土問題を掲げたのは全国紙では「産経新聞」だけ、それ以外でも「北海道新聞」の2紙だけです。
北方領土の日に社説が二つしか出なかったというのは前代未聞のことです、こういう状態になっている。
それから拉致問題、拉致被害者をなんとしても救い出すと、これは妥協の余地などというのはないのです。
なぜならば、まず日本人が拉致されたということです。
それは日本人の人権に対する侵害です。それからもう一つ日本国家の領域において、外国の官憲が入ってきて、日本人を拉致したというのは、わが国に対する主権侵害であり、これは国権に対する侵害なのです。
国権に対する侵害と人権に対する侵害を回復できないならば、国家はいらないということになるのです。
この問題を放置したら、日本国家は根っこから壊れてくる、まさに國體の問題なのです。
そのことを金正日にドスを突きつけて、きちんと言わないといけないのです。
北朝鮮との国交正常化のプロセスにおいて拉致問題を解決するというのではない、拉致問題の解決が目的(国交正常化の前提)なのです。
それに資するならば国交回復すると、そうでなければ「お前の国、たたきつぶしてやる」、こういう形というのが正しい国家としてのアプローチなのです。そうすれば、北側もこの問題の重要性が判るわけなのです。國體の問題なのです。
それからあともう一つ、今、過去4ヵ月ぐらい沖縄の様子が大変になっています。
これは東京の新聞を読んでも全く分りません。「琉球新報」と「沖縄タイムス」では、例の慶良間列島における例の集団自決、その問題が連日紙面をにぎわしているわけです。
それに対する評価についてはいろいろな意見があります。それで、私の意見を率直に言いますと、皆さんのお叱りを受けることを覚悟してあえて申し上げますが、あれはやはり軍の強制ということがあったと、私はそういう認識なのです。
というのは、軍が手りゅう弾を渡した、民間人は手りゅう弾を用いた戦闘訓練を受けていないわけですから、それが自決に使われるということは明白です。
そこにはやはり強制の要素はあったと。
しかし、梅沢隊長なり赤松隊長というのが直接命令したというのは、それは違うという証言が出てきたら、それは私も信じます。
大きな日本の歴史の中で、わが祖国を守るという中で、悲劇はいろいろなことがあるわけです。
そこのところを細かい政争の具に、左であれ右であれ使うのは、私は亡くなった人たちの魂のために申し訳ないと思います。
ですから、この問題というのはあおりたてて争点にするような問題ではないと思うのです。
しかも仮に文部科学省の検定がこの一連の裁判の経過を受けて、軍の強制はないと、スパっと言い切っているということだったら、これは一つの歴史観の立場に立って、一つの観点に立って言うのですけれども、言葉をちょっと薄めると、こういう言い方でああ言い逃れるというのは、率直にいって私は官僚だからよく分るのですけれども、信念があってやっていることではない、何となく最近右側が元気になってきた、右から批判されないためには、少し右寄りにしたらいいな、というような、その手の腰のぬけた話しだと思うのです。
そういうことにおいて、沖縄の中では今、すごく悪い目つきで東京を見ているわけです。
29日に大集会をやると、下手したら10万人を超えます。
しかも、これを主催しているのは自民党なのです、沖縄自民党が怒り心頭に発しているわけです。
なぜか、県議会の議長が陳情に文部科学省に行ったら、局の審議官が出てきた、要するに大臣がいて、事務次官、省の審議官、官房長、局長、そしてその下に局の審議官がいて、その下は課長そして平の事務官です。
この局の審議官しか出てこない、「ナメとるのか」という話になったわけです。
しかし東京ではこれに対する問題意識がほとんどないのです。
一見、沖縄の問題というと左派の専管事項のように見える、拉致問題というと右派の専管事項のように見える、違うのです全部国家の問題なのです。
新自由主義的な流れが強まったために、拉致被害者のこと、あるいは沖縄の人々のこと、北方領土の問題、竹島、それらの事を自分の事と思わないという風潮が、強くなってしまっているのです。
日本国家の統合が内側から今くずれ出しているのではないかと思います。
これは非常に危機的な状況なので、右とか左とかいっている状況ではない、日本の国家統合をどうやって維持していくかということを、政治家も、有識者も、もっと心を開いてきちんと議論しないといけないと、こう思うのです。
日本はこういう状況にまで来ていると、私は思うのです。
これは新自由主義というやり方で、銭金がすべてだというやり方をもってくると、必ず発生する現象なのです、国家が内側からくずれてくるのです。
これをどうやって直していくかというのは、これは有識者、政治家、そして国を愛するすべての者、これがやはり考えていかなければいけない、こういうことなのです。
ですから、私は右派国家主義陣営の皆さん、国を愛する人々に呼びかけたいのは、少し鈍感になろうと、日本人という観点から考えて有益な意見だったら、右派内部の中でつまらないけんかをしないのはもちろん、左翼の意見でも例えば、先の格差の問題に関する左翼の指摘などというのは、右派のほうから見てもこれは重要な話しですから、取り上げていいと思うのです。こういうようなちょっとした勇気を持つための努力が、重要になってくるのではないかなと、こんなふうに考えているのです。
二、外交交渉
(一)領土・国境問題
私たちを今取り巻く国際情勢というのは、非常に難しくなっているわけなのです。
実は東西冷戦のころというのは、外交はとても簡単だったのです。
自由主義対共産主義、民主主義対全体主義、資本主義対社会主義、呼び方は何でもいいのですが、こちら側は正しくて向こう側は間違えている、それだけなのです。逆に向こうもそういうように思っているわけなのです。
(北方四島の地図と説明を挿入)
それで、北方領土問題に関しても、実は交渉の経緯からすると日本は、結構ふにゃふにゃしていたことは過去にもあるわけです。
それで4島即時一括返還ということを日本が強く主張したのは、ソ連側が北方領土問題は存在しない、などとでたらめなことをいっているわけですから、そういうときはできるだけこちらは拳(こぶし)を高く振り揚げていないといけないわけなのです。
ちなみに、おかしな動きがいろいろ出ているのです。
例えば去年、北方領土が面積二分論とか3島返還論とかおかしな話しが出てきました。
実は、北方4島ビジネスというのが存在するのです。
北方領土の問題について、大きな声でそれを言っていると外務省からお金が出る、それから、外務省からいろいろな情報をながしてくれる、こういうエセ同和みたいな感じです。
領土問題を扱うことで商売になる、こういう構造があるのです。
これは知らず知らずのうちに、我々が外交交渉をやりますと、外交交渉の過程で日本側がある程度譲歩しなければならない時というのがあるのです、必ず。
そうすると、それに対して「右派がどういうかな」「右翼の街宣車がくるかな」ということを、外務省というのは過度に心配するわけです。
ですから裏返せば、外務省に何かものを言うときは、高下駄か何かを履いて行って、巻紙に「諌」と書いて持って行くと、いちばん言うことを聞くわけです、まじめに受け止めるわけです。
街宣車などはすごく嫌いますので、だから裏返すと街宣車で行くといちばん効果があるわけなのです。
そういう状態ですから、そうするとそこのところで「右翼対策は任せてください」などと大学の先生などが来るわけです。
こういう先生にお金をつけてしまったのが、やはり失敗でした。ですからブーメランのように、やはりそれは外務官僚に回ってくるわけなのです。
日ロ関係などに関しても、1956年「日ソ共同宣言」というのがありました。
その「日ソ共同宣言」というのは第9項の前段で「平和条約交渉を継続する」といっているわけです。
これはどういうことかというと、普通戦争が終わったときというのは、平和条約を結ぶのです。
平和条約では二つのことを決めないといけないのです。
一つは、戦争が終わったから外交関係を作る、復活する、それから戦時賠償を解決する、これが片翼です。
もう一つは領土・国境問題があるときは、それを解決するということなのです。
ところが日本としてはわが国固有の領土である北方4島、これをちゃんと返せ、こういうことを言ったのです。
ですがソ連はそれを認めないという形で平行線になりました。
このまま交渉を決裂させたら、まだシベリアには抑留者がいましたから、この人たちが日本の地を踏めなくなると、そこで鳩山一郎さんは苦渋の選択をしたわけです。
抑留されている人間をまず帰す、そして領土を解決すると。これは一つの選択だったと思います。
ちなみに北方4島だけがわが国固有の領土だという議論に対して、私は疑念があるのです。
わが国固有の領土というのはどういうことかというと、日本が国際約束によって獲得した領土なのです。
それならば、「千島樺太交換条約」によって我々は千島列島18島を、北方4島に加えて獲得したわけです。
全千島は我々の固有の領土なのです。
さらにこの全千島を守るに当って、8月15日の終戦後ソ連が不当な形で占守島に攻撃をかけてくるわけなのです。
それに対してわが占守島の守備隊は、毅然たる対応を取り戦闘をし、血を流しているわけです、日本固有の領土である占守島を守るために。
それで、戦闘においては、我々は勝った、しかし札幌から指令がきて「撃ち方をやめるように」ということなので、撃ち方をやめた。
わが国土である千島を守るために我々の祖先の血が流れているのです。
これはやはり重く見ないといけない。
それから、日露戦争において我々は戦勝国としてポーツマス会議によって、南樺太を獲得したわけです、この南樺太は我々の固有の領土です。
しかもこの南樺太においても、真岡の町をソ連軍は終戦後機銃掃射をして、何百人という日本人が殺されているわけです。
それから、樺太の石油資源ですけれど、樺太の石油資源に関してソ連は当時開発ができていないので、頼まれて日本が開発しているのです。
ですから北樺太はロシア領のように思っていますが、あの石油資源というのはそもそも日本のものなのです。
それを考えた場合、固有の領土というのは南樺太と全千島であるというのが、私の正直な意見なのです。
ただし、日本は約束を守る国で、そもそもソ連との関係、ロシアとの関係などというのは我々が侵略された側です。
あの戦争は単一の戦争ではないですから、アメリカとの関係においては完全な帝国主義戦争ですから、しかしソ連との関係においては、我々は「日ソ中立条約」があったのですから、完全に侵略された側なのです。
それにもかかわらず、国際法の教科書のとおりには歴史は進まないのです。
我々は残念ながら負けたのです。それだから固有の領土であるところの南樺太と千島まで放棄してしまったのです「サンフランシスコ平和条約」2条C項。
しかし私はいつかこれを取り返してやろうと思っていた、力をつけて。
その第1段階として北方4島をきちんと取るべきだと思います。
そのためにはプーチンにきちんと言わないといけないのです「南樺太も全千島も日本領である」と、「固有の領土である」と、「我々は戦後神話を作った」と、「普通神話というのは自分たちのもっている小さいものを膨れさせる、それに対して我々日本人というのは、本当の固有の領土はずっと広いんだけれども、それをぐっと縮めた」と、「この神話はロシアにとって有利だよ」と、こういう議論を首脳レベルできちんとすれば、プーチンは分ります。
ロシア人は北方4島に固執しないですから、あれは盗んだ土地だということは分っていますから。
後はどういうようにして日本が理論戦においてプーチンを攻めていくかということなのです。
56年宣言の前段で「北方領土問題について我々は交渉を継続する」と、平和条約というのが領土問題と一緒だから、日本はそういう解釈をすればいいのです。
外交文書というのは書かれたものがすべてなのです。
その書かれたものを、あの時点では日本は国力は弱いですから、国力が強くなった今の時点からもう一回解釈し直して、「わが国益を最大にしていく」と、これが正しい外交文書の読み方なのです。
そして、56年宣言の9条の後段では、平和条約締結後に歯舞群島、色丹島を引き渡すという条項があるのです。
ここで引き渡すというのは、盗んだものを返す、返還ではなく自分のものをあげますよという、その雰囲気を伝えるために、ソ連は「引き渡す」という言葉にしたのです。
しかし日本の国力は当時弱かった、それでも2島でも足をかけていたほうがいいということで、そこは河野一郎農相が決断して飲み込んだわけです。
勿論鳩山総理も了解しました。しかし4島は全く放棄していないのです、ですからあの条約というのは全然売国的な条約でも何でもありません。
(二)平成の国賊
ところが最近、おかしな動きがあります。今月の「中央公論」を見てほしいのです、その中で袴田茂樹さんという青山学院大学の先生が、56年宣言のロシア側の文書、ロシア側の記録、日本側はまだ差し障りがあるということで記録を公開していないのですが、ロシア側の文書に基づいて領土問題ということについて、「56年宣言に(領土問題を)書き入れるならば、それには我々は署名しないぞ、といってソ連から脅されたので、日本は撤回した」と、これを紹介して「日本は、あの時に2島で諦めたのだ」ということを書いているのです。
誰のために書いているのかこの人は、それだから今年も、今ごろモスクワに行っているのですが、ロシアの国営「ノーボスチ」通信が、これはかつて工作員を送り込んできた会社ですが、往復の費用を持ち、それで「バルダイ会議」というのに呼ばれているのです。
去年も一昨年もロシアのお金で呼ばれているのです。
プーチン大統領と会うためにはロシアに行かないとならない、しかし(お金の受け方は)これは別にやり方があります、仮にロシア側の費用負担で呼ばれても、往復の旅費と滞在費に関してロシア赤十字に同額を寄付すればいいのです、それではっきりと新聞でそれを言えばいいのです。
「日本は領土問題を抱えていて、私は日本の学者だから、あなたたちの招待は感謝する」と、「しかしお金に関しては迷惑をかけたくない。で、ロシアの国がお金を払ってくれて、それをそのまま突っ返すのは失礼だから、同額をロシア赤十字に入れさせていただいた」と、こうすれば格好がつきます。
やはり人間というのはお金を貰っている人には文句を言えないですから。
去年の3島返還論云々のスタートもこの「バルダイ会議」で、プーチン大統領のほうから新しいメッセージがあったと、こういうところからスタートしたのです。
ところが、実はメッセージなどは何もなかったのです。
この会議に出席したフランス人が「プーチン大統領は民主主義の考え方が西側と違う」ということを言ったら、ロシア大統領よりも大統領府のほうが怒って、プーチン大統領が言ってないことをいっている者がいるということで、文書の全文をロシア語でロシア大統領府の公式ホームページに公開したのです。
そしたらその中で、おどろいたのですが、この袴田さんというのは、日本政府顧問という肩書きで行っているのです。
ロシア語で、ソベートニク・ブラビーチェリストバ・ヤポーニィ、という肩書きがロシア大統領公式ホームページに残っています。
鈴木宗男さんが質問趣意書を出して、「そういう肩書きがあるのか」と聞いたら、「日本政府にそういう肩書きはない」と。
それで会談が終わったあとは報告に行っているわけですよ、それで、「この地では、村上春樹がよく読まれています」などという話しをしているのです。
そして、北方領土について、ご意見拝聴で「あなたのお考えはどうですか」と、プーチンに言ったら、プーチンから「それは、あなたと話す話しではない」「両国の外務省の専門家が話せばよい」と一蹴されているのです。
「ロシアとしては主権の問題だ」と領土に関して強硬なことを言っているのです。
どこにも柔らかいメッセージとか、積極的な指針はないのです。
私は、アレはうそ話から始まったと思っているのです。
この辺に関して、やはり作家の上坂冬子さんは素晴らしい。
「産経新聞出版」から、今の編集局長の斎藤 勉(つとむ)さんと、それからモスクワ支局長の内藤泰朗(やすろう)さんが「北方領土が泣いている」と、「平成の国賊を糾す」という本を出して、私のところに送ってきたので、恐る恐る私のことか、と思って読んでみたのですけれど、私のことではなく、しかも私に書評を書いてくれという話でしたので、それを読んでみたら、上坂さんは怒っているのです。
「袴田さんは、ロシアに人脈もあって、もの申すことができると期待していたのです」と、「そしたら、何だかロシアのお金を貰って行って……」、「それで、去年の8月16日に第31吉進丸という日本の漁船が貝殻島の横で銃撃され、森田さんという青年が殺されている事件で、それに対しては文句の一言も言っていない、何しに行ったんでしょう」と、こういうように書いているのです。
これはやはり上坂さんの言うとおりだと思います。
先ほど言いましたが、その人のいないところで、その人のことを悪く言うのは陰口になるので、私は極力言わないようにしているのです。
ところが「自分は右翼に強いんです」などというものですから、そういうような資質があるそういう人たちを私たちも怖がってしまった、しかし今になって考えてみると、なんで怖がってしまったのかと、虚心坦懐に話しすればよかったのです「私たちはこう考えている」と、それをすごく反省しているのです。これは私の反省なのです。
(三)東京宣言
さて、「東京宣言」というものが、何か大変素晴らしいものであると、4島の名前を書いているからと。あれが北方4島返還交渉の成果で「56年宣言」や森 喜郎総理がプーチン大統領と署名した、「イルクーツク声明」というのはとんでもないものだと、売国文書だと、こういう印象というのがいまだに強いのです。
ところが、外交文書というのは書いたものの内容で読まないとならないのです。
1993年の10月の「東京宣言」には何が書いてあるか、「択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島に関する帰属の問題を解決して平和条約を作る」と書いてあるのです。
4島の帰属に関する問題は、(例えば)ここに4万円あるとします、あなたのものか私のものか分らないのです。しかしこの4万円はどちらかのものだ、ということに合意したに過ぎないのです。
ですから、外交というのは書かれた文書がすべてなのです。
「東京宣言」に基づくと帰属の問題の解決は5通りあるのです、日本4ロシア0、日本3ロシア1、日本2ロシア2、日本1ロシア3、日本0ロシア4、「東京宣言」、「東京宣言」といつもいうので、最近プーチンにからかわれているのです「あ、分りました東京宣言に基づいて日本0ロシア4で平和条約を締結しましょう」と、こう言われても日本の外交官は「東京宣言」違反であるという反論はできないのです。
なぜなら「東京宣言」ではその可能性もあるわけですから。
「東京宣言」というのは、実は、日本側が譲歩をしているのです。
皆さんご承知のように、先に「56年宣言」で、平和条約が出来たら歯舞群島と色丹島を引き渡す約束をしているのです。
平和条約に関する交渉をしているですから、歯舞、色丹は日本のものなのです。
ですから「東京宣言」は択捉島及び国後島に関する帰属の問題を解決し平和条約を締結する。
歯舞群島、色丹島はすでに日本領であると、この前提で交渉しないといけなかったのです。
ですから国後、択捉の名前を入れるために、すでに日本への返還が国際文書に約束されている、色丹島、歯舞群島を譲歩して譲り渡してしまった、こういう文書なのです。
私たちも外務省にいる時は、自分たちがやった譲歩、弱点については極力言いませんでした。
それは相手に付け込まれるからです。ただほんとは民間の学者の中でその辺のところに気がついて、厳しく指摘する人が出てこないといけないと思うのです。
ところが、そこのところも外務省が学者工作をうまくやって、それがうまくいったから、大きな騒動にはならなかった。
「東京宣言」で日本が本当は取れていた色丹島と歯舞群島を譲ってしまって、あたかも係争地にしてしまった、これは大失敗です。
しかし今ではこの心配はないのです。なぜか、「東京宣言」で譲り過ぎたことを、ようやく取り戻すことに成功したのが2001年3月の「イルクーツク声明」なのです。
「56年宣言」の引渡し条項、「56年共同宣言」が基本的な文書であるということを確認して、平和条約締結後に2島は必ず帰ってくるのだということを確認した上で、4島の帰属の問題ということにしているので、ようやく歯舞群島、色丹島に関して、日本がちゃんと手にできる、というところに戻したので、これは森総理の大きな成果なのです。
しかしこの辺の外交の細かい議論というのを、私たちは国民にあまりに説明しなかったのです。
田中・ブレジネフ会談などというのが、とても重要だなどと言う人がいますが、はっきり言ってあれは特別な意味がありません。
どうしてかと申しますと、当時交渉をやっていた、今国策研究会の理事長をやっている新井弘一さんという人が、「モスクワ、ベルリン、東京」という本を書いていますけれども、これは製品だったら1570円ぐらいですけれども、「アマゾン」というインターネットがありますが、あれの古本コーナーで1円で出ていましたから、この前買って全部読んだのですけれど、こういうわけなのです。
田中角栄さんが、未解決の諸問題の中に4島問題が入るかと言ったら、ブレジネフは「ヤー、ズナーユ」と、「私は知っている」と言ったと。そのあと再度確認して、「4島は入るな」と言ったら「ダー」と言ったと。
そういうように言ったから確認された、と。
それで新井さんという当時の東欧1課長というのが、記者会見の席で泣くわけなのです、涙をぽろぽろ流して、あの国会の拉致問題のときの田中 均さんみたいな感じです。
私は、公務のときに泣く官僚というのは絶対信用しないのです。
官僚というのは機械のように、淡々と仕事をするのが官僚の仕事だと思っていますので。
それだから、確認されたというのですが、それで翌年から北方領土交渉を本格的にやっていくと書いてあるんです74年からと、しかし74年に交渉はないのです、75年に1回だけあって決裂して、そのあと1986年にシュバルナゼが来るまでに外務大臣も来ないのです。
10数年間止まってしまったのです、12年間も。
この交渉はどう考えても失敗なのです。ロシア側で当時通訳をしたチジョフさんという人がいますが、この人は日本のサムライ映画が大変好きで、日本語が大変うまいのですけれど、すごく陰険な人です、そのあと駐日大使をやりました。
その人に聞いたのです。「あのときにブレジネフは『ヤー、ズナーユ』『ダー』と言ったんでしょ」と、「領土問題を認めたんでしょ」と。そしたら「違う」というのです、「佐藤さん、それは絶対違う」と、「おれが通訳したからよく分っている」と、「じゃ、なんて言ったんだ」と、田中角栄の剣幕があまりにも激しいので、ブレジネフはびっくりして「ウォー、ウォーと言ったんだ」と。
それを日本側は話しを作っている、というわけなのです。
私は、当然日本人ですから日本側の言うことを信じます、しかし外交の世界は紙に記録が残らないで、「言った、言わない」になったら、それでおしまいなのです。
ですから、あのとき新井さんがやるべきことは、「北方4島問題を解決し平和条約を締結する」と、この文言を共同声明に入れないといけなかったわけです。それをやらなかったというのは……ロシア人などと言うのは、人をだますのは仕事みたいな人たちですから、そういうものにあとからだまされたといって怒ってもだめなのです。
ここのところで皆さん戦前、戦後を通じて日本にはちょっと問題があるのです。
これは外務省にも、陸軍にも、支那通であるとかロシア通というのがたくさんいました。
言葉もうまくて人脈を持っている。それで、工作をやるときは相手にぐーっと入れ込んでいくのです。
ところが、うまくいかなくなると、「相手側が悪い」と、「支那人が悪い、ロスケが悪い」と、こういうように全部相手側にかぶせる。
どうもそういうような傾向がいまでも日本の外務省にある。もっと乾いた外交をしなければいけない、向こうがだまし討ちをかけても、かけられないようにして、ちゃんと文書で取っておく、こういうやり方をしないといけないのです。
(四)小渕総理
この辺うまかったのが小渕総理です。
小渕総理というのは猛牛みたいなところがあるのです。
1998年の11月に、小渕さんはモスクワに行くのですが、10月、私は官邸に呼ばれて「おい佐藤」と、「おめえに」……、何か頼むときは上州弁になるのです「おめえに頼みがある」と、べらんめえ調になるのですが、「総理、なんでしょうか」と、「あんた、毎週モスクワに行け」と、「それでエリツィンの健康状態がどうか、それから事前に秘密提案をしたから、その答えがどうなのか、あんた盗んで来い」というのです。
「いや、総理それは大変難しい仕事で」と、「難しい仕事だからあんたに頼んでいるんだ」と、「そうじゃなきゃ、頼まねえ」。
こういうわけなのです。
たまたまエリツィンの周辺のお医者さんなどにも知り合いがいたので、それで毎週モスクワに行ったりしたのです。
ところがロシアのアエロフロートというので行くのですが、空調がとても悪いのです。
それで毎週いくと、だんだん足がむくんできたりとか、歯茎がはれて血が出てきたりするのです。
それで、ふらふらした感じになって官邸に報告にいくわけです。
それで「何の変化もないのですが」と言うと、小渕総理は「変化がねえというのも重要な情報だ」と、「また行け」と、こういうわけなのです。
しかしこれはインテリジェンスの観点から、すごく重要なのです。
それで小渕総理は判断するわけです、「この様子ではロシア側は、十分な準備なしに領土交渉に臨む」と、そこで、ありとあらゆるシナリオについて事前に準備していったわけです。
ちなみに、私は最近驚いたのですが、今、陸軍中野学校の先輩の人たちの話しの聞き取りを一生懸命やっているのですが、陸軍中野学校の、今87歳の方のところに行って話しを聞いたのですが、小渕さんという人は厳しい人だという話しをしましたら「実は小渕総理のおじさんが、陸軍中野学校の出身で、そのおじさんの薫陶を受けて、小渕さんは天下人になる訓練をしていた」と、「その情報の取り方というのは陸軍中野学校方式だ」と、「その辺の影響を受けているのですね」、という話しを最近聞いて納得しました。
それで小渕総理は、エリツイン大統領との会談があって、最初はさしで1時間でも2時間でも会談するという話なのです。
それで小渕総理がエリツインのところに入った、そうしたら5分も経たないうちに出てくるのです。
それで私と鈴木宗男さんを見て言うわけです「会えば分る」と。
何かいいことがあったのかなと思ったのですが、その時のエリツイン大統領の健康状態は最悪だったのです、それでふらふらの状態で出てきて、「ようこそ、モスクワへ」「今年4月に、日本側からいただいた提案に対する回答がここにある、読んでくれ、休憩を取りたい」と、日ロ2国間の首脳会談でこれだけだったのです。
出てきた文書は4枚あったのですが、私はこういうときは、何事が起こるか分らないから、例えば電話番の係や、メッセンジャーとして紙を入れる係、あるいは自動車の配車の連絡係、こういうような担当者を全員ロシア語ができる外務省の専門家を忍び込ませていたのです、おつきのかばん持ちも全員ロシア語の専門家なのです。
そして20分の休憩があったのですが、その紙が2部来ましたから、定規でいくつかに分割して「皆来い」と、そして一人4行ぐらいずつ、渡して「すぐに訳せ」と。それで8人ぐらいで全部それを訳したのです、3分で訳したのです全部、それをつないで読み上げて、「こういう内容です」といったわけです。
そしたら小渕さんと鈴木さんが示し合わせたように、ニタっと笑って、「席を蹴って帰ろう、ふざけるんじゃねえ」とこれをやったわけです。
その部屋は盗聴されているのです、それを計算しているわけです。
それで私もそれを受けて「ひどい話しですね、すぐに帰りましょう」と。
ちなみに日朝会談のときも、拉致被害者のこういうペーパーがきたわけでしょう、なぜすぐに訳さないのですか、なぜすぐに訳して小泉総理に渡して、その現場で「こういうのが書いてあるけれども、死亡日が全部一緒だ」と、「こんなものは受け取れない、すぐに共同委員会を作らないといけない」と、なぜその場の瞬発力でやらないのですか。
こういう瞬発力は必要だし、ああいうときは何事もあり得るということなので、朝鮮語の専門家などは、いろいろな荷物係などで忍び込ませて入れとかなければいけないのです。
こういう感が働かないから後手を打つのです。
モスクワの話しに戻します。
そしたら、そこの扉みたいなのが少し開いて、「佐藤、佐藤」と手招きする人がいるのです。
それはパノフ駐日大使(パノフ・アレクサンドル)なのです。
それで「なんですかパノフ大使」と言ったら、「そんなに怒るな」と、「紙をよく見てみろ」と、「紙の中に、今すぐ答えないでいい、と書いてあるだろう」と。
確かにそう書いてあるわけです。向こうはびくびくしているのです、向こうのほうは盗聴しているわけで日本代表団はこれで出てこないで帰ってしまうのではないかと、それでは会談決裂でめちゃくちゃになると、だからびくびくしているわけなのです。
その間に、看護婦がエリツインの部屋に入ったりして、何かいろいろ、注射打ったりなどやっているのでしょう。
そのあと出てきたら、今度はエリツインは何か異常に顔が赤いのです。
それで交渉が始まりましたが、今度は大人数の交渉なのです。
鈴木宗男さんや外務省の局長もみんな入って、それでここで領土問題を一気に解決することはない、けれどもこちらのほうとしては二つ獲得したいことがありました。
一つは、国境画定委員会というのを作ろうとしたことです。
国境画定委員会を作るということは、日ロ間に国境がないということを認めるわけです。
ロシアの領土保全というのは憲法で義務づけられています。
ちょっと小難しい議論になりますが、それは自分のものだとはっきりしているものが領土だから領土保全なのです。
係争地である国境がない所に関しては、領土保全も国境保全も何もないのです。
これをちゃんと獲得しておこうと。
ロシアと日本の間に国境はありませんと、これをきちんと作っておこうと国境画定委員会を作ろうとした。
ここのところは日本側の剣幕があまり激しいので、ロシアはすぐに飲み込んでしまったのです。
ただそのあと、エリツィンが飲み込んだあとで、事務方で文書を作ろうとしたら、国境画定委員会は作れないと言い出したのです。
国境画定ということになると、国境警備庁と議論しないといけない、だからこういう委員会は作れないと。
エリツイン大統領は国境画定と言ったのだけれども、ロシアの国内法的な手続きがないと文書は書けない、後回しにする、とこういうわけなのです。
ロシア人相手に後回しなどにしたら、それこそ先のブレジネフの二の舞で、あのとき「ウォー、ウォー」と言ったなどと、ごまかされる危険性がありますから。
その時に我々のほうはカチッと頭にいれている情報が有ったわけなのです。
日ロ両国で作った、「共同資料集」という本があるのです。
ここに書いてあることに関しては、もう争わない。その中に国境線画定という文句があるのです。
エリツイン大統領が1991年にロシア国民宛に宛てたメッセージ、その中に国境線画定というのがある。
それを突きつけて「エリツイン大統領が両国で合意しているんだぞ、おまえは大統領に反対するのか」と言って向こうの外務次官を脅し上げたのです。
そしたら「失礼いたしました、日本側のいうとおりにします」と、しかしこれも裏があります。
ロシア語では国境線画定となっているのですが、日本側は国境線画定と日本語で書いていないのです。
境界線画定とちょっとずれた訳を入れていたのです。
だからロシア側のほうが日本語の文書をよく読んで「おまえ、違う。これは境界線画定だ、国境という国の問題じゃないといわれたら」そこで負けてしまうのですけれども、ロシアのほうがきちんと文書を読んでいないから、それで一回文書に書き込んでしまったらこちらの勝ちです。
こういうことを、我々のときはやったわけです。
それからもう一つ取りたいものがありました。
歯舞群島は無人島だから、歯舞群島は受入先がないということで、日本人元島民は訪問できなかったのです。
しかしなぜ自分のふるさとが訪問できないのですか、おかしい。自由訪問というやり方で、これだけは何としても取りたかった。
そこでそれを人道的な見地からも認めてほしいと言っても、エリツインの反応がないのです。
それで2回目に鈴木宗男さんがメモを入れて、元4島出身者は訪問が恒例になっている、ですから人道的見地から認めてほしいと言っても、エリツインの反応はないのです。
それで3度目に小渕さんが言うわけです、「ここに鈴木というのが来ている、これは北方4島が選挙区の政治家だ」と、「それで、しかも実はここだけの話だが、おれの後継者なんだ」と、こう言うわけなのです。
「それで、伏してお願いしたい、元島民は70、80になって、残されている人生の期間も短い」と。
その時エリツイン大統領は心臓病が相当重くて、あとどれぐらい時間が残っているか分らなかったのです、「高齢で残されている時間も短い」といった瞬間にエリツインの目から涙が出てきたのです。
それで「やろう」とエリツインが言ったわけです。
そのあとロシア外務省の連中は怒った怒った、「うちの大統領の健康状態が悪いところにつけ込んで、老い先が短いだの何だの言って、感情に訴える方法で、ひどいことやるじゃないか」と、「しかし大統領が合意したものは合意したものだ」と。
外交というのは舞台裏はこういうものなのです。
その時は、その場の瞬発力、体力、それからある意味ではロシア側との信頼関係なんかも、いざというときは文書に全部残すと、それ以外はだめだと。
こういうやり方をやる、これが外交なんですね。
その根っこには何があるか、やはり4島から追い出された、あの我々のおじいさん、おばあさんの世代に当る人たちの思いを共有することです。
やはり悔しいじゃないですか、「どうして自分たちはふるさとを捨てなければいけないのか」、この思いを持つことができるかどうか、ということなのです。
それが、私は國體観の基礎で、そこのところが、いわゆる学校秀才のままだけで来た外交官と、訓練を受ける中で、そこのところを本気でやる外交官とでは、言葉の重みが違うと同時に、いざというときに出てくる知恵が変わってくるのです。こういうように思うわけなのです。
ロシアというのは、あの国をなめてもいけない、しかし恐れてもいけないと思います。
面倒な連中ですけれども、付き合っていかなければいけない。
ただし一ついえるのは、現在のロシアは共産主義を広めていくというような、ああいうような妄想、それには取り付かれていません。
普通の帝国主義国家です。
だから、自国の国益しか考えていません。ということは我々も、我々の国益だけを考えるのです、真の愛国者だということで、お互いそこでぶつかって折り合いをつけるのです。
まだ我々のほうが有利です、我々のほうが国力が強いから。
それから北方領土問題に関しては、我々は侵略された側、向こうは侵略した側、道義的にこちらのほうが強いからです。
プーチン大統領は、今野望を持っています。プーチン大統領は新しい思想を組み立てているのです、これはユーラシア主義という思想です。
ロシアには独自の法則がある、ヨーロッパとアジアにまたがる一種の縄張り意識です。
一言で言うと、大東亜共栄圏の思想が今そのままあのユーラシア空間に実現しているのです。
プーチンは旧ソ連諸国を中心に、ユーラシア共栄圏を作ることに成功したわけです。
ですから、その縄張りに入ってこないならば、ロシアは過度な反発をしません。
北方4島は彼らの縄張りではない、これをはっきりさせればロシアとはきちんとして関係を作ることができるのです。
そのためには、領土問題について進展しないのならば、ありとあらゆる嫌がらせをすることなのです。
それで、領土問題で少しでも進むならば関係を強化する、こういうことなのです。
そのためには知恵を全部使うのです、例えばアイヌ問題などというと、これは左翼の問題のように思われていますけれども、今ロシアにアイヌはほとんどいないのですから。
とそれだから日本のアイヌの人たちは、我々の先住の地である北方4島を返せと言えばいいのです。
右側の方からアイヌ問題を使わないといけないのです、国家のために。
それから、知床の世界遺産などというのを、知床だけやったのは本当にばかげていると思います。
生態系が同じだということで北方4島に広げるのです。
それで日ロの共同管理にする、環境を守らなければいけないという口実で、日本が進出していって居座るのです。
こういうようなことを、引っ掛けてやっていかなければいけないのです。
やれる方法は幾らでもある、足りないのは知恵だけなのです。
大体、おととしプーチンが来たときに外務省の連中は、ロシアは今経済状態がよくなった、強くなると領土問題で譲歩しないだろうと、こういうわけです。
それで新聞もみんなこれを書くのです、こんな話にだまされてはならないのです。
2000年にプーチン大統領が日本にきたときに、日本の外務省はどういうように説明したかというと「今ロシアは、経済状態が悪い」と、「プーチン大統領の権力基盤も安定していない」と、「そういう状況では領土に関して大幅な譲歩は出来ない」と、こう説明したのです。
あのとき説明したのは私なのですけれど。
ということならば、経済状態がよくても悪くても、プーチンの権力基盤が強くても弱くても、どうにも動かないということではないか、それでは交渉しても意味がないということです。それではだめなのです。
かって四島の経済は弱かった、弱かったときに我々は何をやったか。
色丹などのロシアの病院に行くと、ビールびんで点滴しています。
それで普通の工業用のナイフで足の手術をしたりしてるわけです。
包丁みたいなのがメスの代わりに置いてあったりして、これは数十年前の肉屋さんかという感じなのです。
そこのところで目をつけたのです。人間がいちばん大切な価値は命でしょう、だから医療支援を日本が行なえば、モスクワは何もしてくれないのに日本はやってくれる、という形で住民の心が日本に近づくと思ったのです、だからやったのです。
それで、医療支援により命のぎりぎりのところを解決したと、その次に重要なのは何か、北方領土にはスーパーマーケットなどはないのです、よろず屋さんぐらいしかないのです。
食料品に関しては、例えば豚を1頭飼っていてつぶすと、みんなで分けてそれを冷蔵庫に入れておくわけです。
ところが、電力不安があります、電気が消えてしまうと冷凍庫、冷蔵庫に入っているものはみんな腐ってしまうのです。
ライフラインにかかわる問題に気づいたのです。
北方4島の金持ちは漁船に頼んで、たこ焼き屋とか、焼きそば屋さんとか屋台にあるような小さな発電機を買ってきて、停電のときは自分の家に付けているのです。
貧しい人はそれができませんから、それだから外務省で鈴木宗男さんと組んで計画したのです。
工業は絶対出来ない、産業は出来ない、ライフラインぎりぎりのところの電力だけを供給すると、しかもそれはメンテナンスが難しいから日本製の発電機にしようと。
そういうようにしたのです。
それでこういったのです、のどが渇いている人に水を少し飲ませる、そうするともっと欲しくなるでしょう、それで日本にはこれぐらい水があるのだと見せる……こういうやり方でやったのです。
えらく汚いやり方なのですが、人道支援なども純粋の人道などというのは絶対ないのです。
人道の仮面に隠れて国益を実現するのです。当たり前のことなのです。
ところがロシアも知恵があるから、対抗提案をしてきたのです。
あそこは火山があるので地熱が出るのです、地熱発電はどうかと。
そしたら地熱発電ということでしたら、それを一回作ったら永久に回りますから、こんなものだったら日本への依存度が出てこないから、それでは専門家を派遣しようといって、専門家を派遣させて因果を含めて「地熱発電は出来ないんだ」と、「非常に難しい」と、「メンテナンスが大変で日本の技術はあまりない」と、「こういうことだよね」と。
こういうように言って、専門家に調べてもらったら「やって出来ないことはない、将来有望ですね」という話しだったのですけれど、「将来は有望だけど、今すぐはできないでしょう」などと言って、そういう形でまとめ上げたのです。
ただ、こういう話しは大きな声では言えないでしょう、だから説明していなかったのです。
それで説明していなかったら、「何で北方4島にディーゼル発電所など作るんだ」と、「さしずめ、三井物産から賄賂でも貰っているんじゃないか」と、「必要のない発電所など作って」と、「それで捕まえて締め上げてやれ」といって、それで私も、鈴木さんも捕まってしまったのです。
でも締め上げても賄賂が出てこないので、困ってしまったのです。
そういう事件だったのです。だから今になって思うのですけれど、もう少し説明していればよかった、しかし説明しろといわれても、それは説明できない部分ですから。
この辺がやはり外交の世界や、軍事の世界にあると、そういうことだと思うのです。
三、自衛隊の皆様
時間がぎりぎりになりましたので、最後に飛ばして、そういう観点でいいますと、防衛省になって、やはりわが自衛隊に対する評価というのは高まってくると、そうすると役所のなかですから、あちこちからやきもちの要素が出てくるのです。
それは確かに秘密漏洩とかいろいろな問題がある、ただし中国の潜水艦が火事を起こしたと、こんな活動を中国はしていて、危ないかも知れませんよということを国民に知らしめるのは、これはやはり自衛隊の情報将校としての仕事だと思いませんか。
ところが、中国に遠慮してしまって内局を通したりとかやっていると、なかなかそういうことが出来ない、そうしたら適宜信頼関係に基づいて新聞記者に教えるというのは、ずっとやっているわけですよね、そういう形で。
ただ、あのときは運が悪かった、日本が持っていた情報ではなかったから、これは問題でした。
それから、イージス艦に関してもいろいろいわれるのですけれども、少し性善説に立ち過ぎている、人間は動物なのですから、セックスは好きなのです。
そういうものが一切ない状況下で仕事をしなさいといっても無理。
どうしてもそうしたいならエッチな画像だけ見れるような仕事とつながっていないようなコンピューターを与えておかなければ無裡なのです。
人間は性善説でいったらだめなのです、性悪説でいかないと。
その代わり船に乗るときとか部隊に入るときは、個人の携帯電話は取り上げないとだめです。
これはどうしてかというと、微弱電波が出ていますから、電話番号を特定したら、そこにミサイルを撃ち込むことができるわけですから。
パレスチナのハマスの連中が死んでいるのも、彼らは携帯電話をうっかり使ったり、あるいは電源を切るだけで、電池を抜いていなかったから、イスラエルに番号を皆つかまれてミサイルを撃ち込まれるわけです。
どうもその辺の感覚というのがちょっと国際スタンダードに達していない、ここのところはきちんとやらないといけないのです。
私は防衛省や自衛隊の捜査というものに関して、あんまり警察や検察が入ってくるのはよくないと思います。
というのは私自身の裁判の経験からして、何が外交秘密か検察や裁判所は全然分らなかったからです。
私は、これを機にしてやはり軍法会議をきちんと作ることを考えたほうがいいと思います。
それから自衛隊の中の調査隊も警務隊もレベルが高いし、身内を調べなければならないから決して好かれる仕事ではないのです、しかしレベル高く士気高くやっていることは間違いないのです。
防衛省はもっと自前の組織、自分たちのことに自信を持ったらいいと思います。
そして、自らの軍法会議を作って、最後は最高裁の段階だけでつながっていればいいわけですから。
それで、やはり非常時というところで、非常時のルールの中で時には仕事をしなければならないということがあるのは、これは軍人の国際スタンダードです。
私の友人で伊藤 乾(けん)さんという、どちらかというと左翼の東京大学の準教授がいますが、彼がアメリカ軍のイラクに行く事前訓練のための訓練センターに入って、どうやったら人が人を殺せるようになるのかという事を調べています。
要するに、条件反射的に出てきたものをすぐ撃つ、この訓練を徹底的に繰り返さないと人を撃つようにはなれないわけです。
彼はそれをまとめて、『ケダモノダモノ』(集英社)と海兵隊の調査本を近く出すのですけれども、その実態はすごくリアルです。
残念ながら国家間の中の戦争というのは、現在の国際法でもそれを阻止することはできないわけです。
その最前線の中で国を守るために、時には人を殺さなければならない、同時に自分も殺されるかもしれない、その覚悟をもってやらなければいけない職業というのはあるわけなのです。
私はその世界の中にはその世界の掟があると思います。
それをきちんと尊重することを考えないと、今不当に自衛官たちがだらしないなどとおとしめられているのは、私はちょっと不当だと思います。
その辺のところをきちんとやるためには、やはり軍法会議のような枠組みを作って、軍のこと、自衛隊のことは自衛隊の中だけで解決できるという領域を、もう少し増やさなければいけないと思うのです。
最後に時間ぎりぎりになりましたが、重要なことは、わが自衛隊わが防衛省も国際スタンダードで能力は非常に高い、しかもOBたちも自分たちの出身組織を大切にする、こういうよき伝統があるのです、もっと自信を持っていいと思う。
今もっているところの潜在力というのは顕在化していくと、それだけでわが国の防衛力というのは精神的な防衛力というのがもっと高まると思うのです。
どうも戦前への反省からして、精神力ということが意味がないというように勘違いしている部分がありますが、それは違うのです。
やはり掛け算ですから、おそらく精神力かける物質的な力の二乗ぐらいで、大体戦力が計算できると思うのですが、精神力のところがゼロでしたら、どんなに装備がよくても戦えないわけなのです。
ただ、我々の精神力は十分あるわけです、それだから生き残っているわけで、重要なことはちょっとした不祥事か何かのことで、自信を失うのではなくて、防衛省、自衛隊は今、もっと力を持っているのだと、この自信をもって良いと思います。
またその周辺にいる我々は現役の人たちの言えないようなことを、もっともっと代わりになって言ってあげて、それで大きな意味でわが防衛省、そして自衛隊、それを強化していきたいと、これが私が現在思っていることなのです。
平成19年9月21日
(財)日本国防協会主催
国防問題講演会 講演より
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